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「仕事ノート」 ④ 

「卒業しない課題は、追いかけてくる」

この言葉は、前々回のコラムで紹介した田坂広志さんの著書、なぜ、時間を生かせないのか―かけがえのない「人生の時間」に処する十の心得から引用したものです。

実は私、この言葉どおりのことを現在体験しています。プライベートなことなので、内容を書く事はできませんが、人生における課題というのは、たとえ場所が変わっても、相手が変わっても、そして逃げれば逃げるほど、追いかけてくるのです。そして、そのことは仕事に関することでも同様です。

田坂さんはその例として、相性が悪い上司に辟易して転職しても、新しい職場で似たようなタイプの人に出会ってしまう、というようなことを挙げています。転職を繰り返す人、いわゆるジョブ・ホッパーに「辞め癖」が付いてしまうというのも、こういう課題にきちんと向き合っていないからなのかもしれません。

それではいかにその課題と卒業するのでしょうか。

もちろん、本にはその答えが書かれています。でも、私がここで言いたいことは、まずは課題そのものに気づこうということです。気づくことなしに、向き合うこともできないし、卒業なんてあまりにもハードルが高すぎます。

私も何度か転職を体験しました。そのたびに、待遇も良くなったし、給与も増えました。ですから、私の中で、転職=ハッピー、という図式は出来上がっていたのです。でも、ある時、そのハッピーであるはずの勤務先で、ストレスに見舞われてしまいました。そして、「一体全体、いつもどんな理由で転職を考えていたんだろう」という疑問が頭をよぎったのです。

それから自分の日記を読み返してみました。ある意味、過去の棚卸しです。日記を読む前は、きっと「わずらわしい人間関係によるストレス」が原因だろうなと思っていたのですが(実際、わずらわしかった)、そこに多く書かれていたのは、「単純な仕事に対する嫌悪感」でした。

このように、自分が仕事を変えたくなったとき、まずそれがどういう理由によるものなのか、一度「仕事ノート」に書き留めてみませんか。いつか同じ場面に遭遇したときに、すぐに「課題」に気づくことができると思います。乗り越えるのは、それからです。

もちろんそういうことを意識しなくても、転職は可能です。しかし、その課題があなたにとって「卒業すべき課題」だとしたら、それは田坂さんがおっしゃるように、「追いかけてきます」。


この記事へのトラックバック
仕事をしてれば、凹んで自己がいやになる時ってあると思います。「やるべきことはわかってるのに、なんで俺はしなかったのか」とか。そういう時って、何かと外に原因を求めがちなんで...
環境を変える?自分を変える?【倜儻不羈(てきとうふき) in 介護】at 2005年08月05日 21:30
この記事へのコメント
私も転職族の一味です。

毎回それなりに理由があるんですけれど、
仕事で嫌なことな苦手な人と会うと、
どうやって付き合うといいのか、
自分の中でどう消化していけばいいのか、
いつも悩んで、いつも、中途半端です。

私も乗り越えられていなくて、
追いかけられているのかもって思いました。

嫌いな納豆も少しづつでも食べてみようかな~って思います(笑
Posted by ひなた at 2005年06月28日 20:38
「課題に気づくこと」
「課題に向き合うこと」
「課題に取り組むこと」

やっぱり日々取り組んでいないと、ある日突然「大きな課題」になって目の前に現れるんですよね。そこから逃げ出して環境を変えると一時的にはリセットされた気になるんですが、結局同じ課題が立ちふさがる。

「卒業しない課題は追いかけてくる」という言葉が意味するところは、課題を作り出し、育てているのは自分。自分が変わらなければ環境を変えてもまた同じ課題を自ら作り出す、ということだと思います。(たまに環境の変化が人を変える幸運な事例もあると思いますが)

田坂さんはその「成長の課題」に気づく方法として「反省」「感得」「師匠」とおっしゃっていますが、一人で今日からでも取り組める方法はやっぱり「反省」でしょう。「反省」の方法の一つとして「業務日誌」によって言語化することを薦められていまが、「仕事ノート」を書くことも「反省」に繋がると思います。

という僕自身、日々反省しているかというと?なんですが・・・
まだまだ精進が足りませんね。

最後にノートをつけることで言語化する意味について、田坂さんの著作においてしばしば引用されるヴィトゲンシュタインの次のコトバ、僕も大好きです。

「我々は、言葉にて語り得るものを語り尽くしたとき、言葉にて語り得ぬものを知ることがあるだろう。」
Posted by luckyman at 2005年06月28日 22:41
ひなたさん、

私も「課題」に追いかけられっぱなしですよ。^^

ただ、私の経験から言うと、その課題に出会ったときに、
自分が出来る範囲でいいから、とりあえず頑張ればいいような気もする。

そうすると、次に同じ課題に出会ったときに、
少しだけ課題が軽くなっていたり、期間が短くなっていたりする。

私はそれを実感しているので、
神さまはそれほど意地悪じゃないんだなと思って、涙がホロリ。^^


Posted by ひぐらし at 2005年06月29日 21:08
副会長、

人間って不完全だから、自分で課題を生み出すのかしらね。
だから「仕事の報酬」も、仕事を通しての「成長」になるのかな。

自分を育てるというのも、客観的に自分を見る痛みも伴うから、
そう簡単には出来ないのかもね。
でも、向き合わないと、同じことの繰り返し。

私は「師匠」という存在に、かなり昔に出会っているけど、
私のレベルがあまりにも低いから、
その教えを実行するには至っていないな。は~。

でも副会長が言うように、「反省」は自分でも出来るよね。

素敵な言葉の引用、ありがとう。ちょっと、感動した。
Posted by ひぐらし at 2005年06月29日 22:58
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