てぃーだブログ › 南の島の「仕事」を考える › 2005年06月

師匠は釣り鐘のごとし

6/28の記事luckymanさんがコメントをくれたのですが、その中に、「師匠」(田坂広志さんの本からの引用ですが)という言葉が出てきて、色々考えることがあり、コメントをお返ししました。

すると、購読している毎日新聞の今日の「余禄」に、こんな言葉が。

「師匠は釣り鐘のごとし、弟子は撞木(しゅもく)なり」

撞木というのは、鐘を鳴らす棒のことだそうです。
つまり、弟子の器が小さいと、どんな素晴らしい師匠に出会っても、
鐘の音を出すことはできない。

似たような言葉を以前、別の会社で作っていたブログのトップに置いていたことがあります。カール・ユングも気に入っていた、老子の言葉です。

「弟子に準備が出来たとき、師匠が現れる」

運よく師匠を見つけられた私に
その準備が出来ていたのかどうかはわかりません。
あまりにも早すぎた(あるいは遅すぎた)出会いだったのかもしれません。
ですから、自分がまだ小さな撞木のまま、ということは日々痛感しています。

そういう気持ちを思わずコメントに書いた翌日に、
今日の言葉に出会ったので、少しばかり驚いています。

いつか鐘の音を高々と鳴らせる日が来るのかも。

そんなことを少し信じられるような気持ちになりました。  

2005年06月30日at 14:56 │Posted by かつみ │Comments(8)つぶやき

「仕事ノート」 ④ 

「卒業しない課題は、追いかけてくる」

この言葉は、前々回のコラムで紹介した田坂広志さんの著書、なぜ、時間を生かせないのか―かけがえのない「人生の時間」に処する十の心得から引用したものです。

実は私、この言葉どおりのことを現在体験しています。プライベートなことなので、内容を書く事はできませんが、人生における課題というのは、たとえ場所が変わっても、相手が変わっても、そして逃げれば逃げるほど、追いかけてくるのです。そして、そのことは仕事に関することでも同様です。

田坂さんはその例として、相性が悪い上司に辟易して転職しても、新しい職場で似たようなタイプの人に出会ってしまう、というようなことを挙げています。転職を繰り返す人、いわゆるジョブ・ホッパーに「辞め癖」が付いてしまうというのも、こういう課題にきちんと向き合っていないからなのかもしれません。

それではいかにその課題と卒業するのでしょうか。

もちろん、本にはその答えが書かれています。でも、私がここで言いたいことは、まずは課題そのものに気づこうということです。気づくことなしに、向き合うこともできないし、卒業なんてあまりにもハードルが高すぎます。

私も何度か転職を体験しました。そのたびに、待遇も良くなったし、給与も増えました。ですから、私の中で、転職=ハッピー、という図式は出来上がっていたのです。でも、ある時、そのハッピーであるはずの勤務先で、ストレスに見舞われてしまいました。そして、「一体全体、いつもどんな理由で転職を考えていたんだろう」という疑問が頭をよぎったのです。

それから自分の日記を読み返してみました。ある意味、過去の棚卸しです。日記を読む前は、きっと「わずらわしい人間関係によるストレス」が原因だろうなと思っていたのですが(実際、わずらわしかった)、そこに多く書かれていたのは、「単純な仕事に対する嫌悪感」でした。

このように、自分が仕事を変えたくなったとき、まずそれがどういう理由によるものなのか、一度「仕事ノート」に書き留めてみませんか。いつか同じ場面に遭遇したときに、すぐに「課題」に気づくことができると思います。乗り越えるのは、それからです。

もちろんそういうことを意識しなくても、転職は可能です。しかし、その課題があなたにとって「卒業すべき課題」だとしたら、それは田坂さんがおっしゃるように、「追いかけてきます」。  

2005年06月28日at 20:14 │Posted by かつみ │Comments(4)仕事ノート

ご無沙汰しておりました

こんにちは、ひぐらしです。10日ほど沖縄に帰省していたので、ブログはお休みしていました。

心のバランスを取るために、沖縄には半年に一回ほど帰るのですが、今回はかなりユニークな帰省になったような気がします。だって、「てぃーだなお茶会」(すてんさんゆうきさんきたちんドリアミさんの記事を参考にされてください)に参加したんですもん。

すてんさんのsweetsは前々から食べたいと思っていたのですが、その夢が叶ってとても嬉しかったです。そしてそのサービス精神に更に感激。きたちんはブログそのものの楽しい方でしたし、ゆうきさんは柔らかい雰囲気のお方。ドリアミさんは芯がある女性でしたね。そして、副会長は落ち着いているけれど、心の中に熱いものを持ったお方(声もステキ)。私の任命は間違っていなかったと確信したくらいでした。^^

またそのお茶会とは別に出会えたブロガーの皆様、私のために時間を作っていただいて、本当に感謝しています。色々ヒントを頂いたように思います。

お茶会を思い出しながら色々書きたいところですが、あれこれ雑事に追われており、頭がクリアになっておりません。とりあえず、本日はこの辺で。  

2005年06月26日at 20:16 │Posted by かつみ │Comments(11)挨拶

田坂広志ー「なぜ、時間を生かせないのか」

なぜ、時間を生かせないのか―かけがえのない「人生の時間」に処する十の心得
4569628605田坂 広志

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こんにちは。「てぃーだに広げよう、田坂広志さんの輪」の会長、ひぐらしです。副会長は、この方。会の目的は、そうですね、沖縄に田坂さんを講演で呼ぶこと(あ~、言っちゃった)。会員も募集していますので、賛同される方は是非入会されてください。特典は、・・・。う~ん、これから考えます。^^

これからしばらくブログ(&コメント)を更新できないので、今日は久しぶりに田坂さんの本をご紹介したいと思います。この本にも田坂さんの世界がまるで詩のように広がっていますが、もちろん田坂さんが冷静に見つめる「時」というものの概念、そしてそれをかけがいのないものにする「智恵」が込められています。時間は誰にでも平等に与えられているもの。毎日を悔いなく過ごしたいものですね。  

2005年06月14日at 08:42 │Posted by かつみ │Comments(4)田坂広志さん

ドゥエ・ボットーニって知ってます?

ホントに日本人って横文字が好きだなと感心してしまいますが、ドゥエはイタリア語で二つ、ボットーニはボタンという意味です。つまり、シャツの第一ボタンの位置にボタンが二個付いていることを表します。写真はこちら

イタリアのシャツデザインですが、これがノーネクタイをしていても、さまになるということで、クールビズの普及と共に人気が上がっているみたいですね。その他、例年にないボタンダウンシャツの売り上げ増とか、明るめのシャツを着用したため、もさい髪型が以前よりも目立つようになったとのことで、今月になって理容室の客も増えたとか。

いやぁ~、前回の記事とも共通しますが、一つの戦略がもたらす社会変化ってすごいですね。特に若者の間では、やはりCool=カッコイイという観念が、思いのほか浸透しているように見えます。ただネクタイをはずすだけでは、個性は発揮できませんからね。

ただ、やはり今まで自分で洋服をコーディネイトをしたことがない殿方も多いのも事実。彼らの救世主なのかどうかわかりませんが、ファッションコーディネイトをアドバイスするというスタイリストがNHKで紹介されていました。一回、たしか5万円くらいだったような。そして、7月まで予約が一杯だとか。商品だけではなく、こういうサービスにも波及していくんですね、流行って。

ま、とにかく今回のクールビズ、意外に幅広く浸透していくような気がしています。ぼちぼち電車の中でも見かけるようになりました。かりゆしウェアの東京進出は、う~ん、まだ難しいような・・・。  

2005年06月12日at 11:14 │Posted by かつみ │Comments(3)コラム

かりゆしウェアに求められるもの

クール・ビズの導入に伴い、かりゆしウェアも例年にない注目を浴びていますね。てぃーだの「ののの隊長」のかりゆしウェアの記事にコメントを入れたら、隊長からおほめの言葉(?)を頂きました。少し調子に乗ってみたいので(笑)、こちらの記事をご覧あそばせ。

隊長は記事で「ライフスタイルに変化が起こると、新しい市場が生まれる」とお書きになっています。もちろん私もこの意見に大賛成です。そして、この場合、「ライフスタイルの変化」を見極めることが、ビジネス戦略として求められるのではと思います。ただ流行っているからと、あれこれ手を付けてみるのも一つの選択ではありますが、その成功を長く続けるためには、人々のライフスタイルの研究も必要だと思います。

仮にかりゆしウェアだけに話題を絞り込むとすると、それを東京に輸入するとして、沖縄においての高い普及率ということは、宣伝文句にはならないと思います。ターゲットは東京の男性ですから。彼らのライフスタイルや嗜好をリサーチしなければなりません。

また、紳士服(クール・ビズは基本的に男性向け)だからと言って、紳士服店のアイディアを研究するだけではなく、俯瞰の目で婦人服のマーケティングを参考にするのも手ですよね。

たとえば、ここ数年、浴衣の売り上げが前年比1.2倍のペースで増えています。時代のニーズもあったとは思いますが、私はこのブームは、伝統にこだわらなくなった商戦が成功の鍵だと思っています。

例えば、今までタブーとされていた「浴衣+足袋」という概念を覆し、レースの足袋が発売されたのですが、ものすごい人気でした。あと浴衣と同じ柄の日傘も好評です。銀座のある百貨店では、浴衣を購入した客に、花火大会の当日の着付けを無料で行うサービスを展開しています。

ターゲットを絞り、ライフスタイルを見極める。既成観念にこだわらず、そしてやはり最後は消費者の立場になる。そういうことがビジネス戦線には求められると思っています。

今日は、キャリアの話ではなく、ビジネスの話になっちゃいましたね。
WBSの見過ぎかも。^^  

2005年06月07日at 15:56 │Posted by かつみ │Comments(13)コラム

オーバー・クオリファイド

5/25の記事、ジョブ・ディスクリプションに続く、ひぐらしの横文字講座です。

まず、オーバー・クオリファイド(overqualified)の意味を英英辞典で引きました。

Educated or skilled beyond what is necessary or desired for
a particular job.


求められている職業に関して、それ以上の学歴またはスキルを持っていること。

これが、オーバー・クオリファイドの定義です。しかし現実にはそれが「キャリアの障害につながる」という結果をもたらします。

例えば、「多少英語が話せる人、希望」という求人広告があったとしますよね。それで、「私はアメリカの大学院を卒業しているし、会議通訳の経験だってある」という方が応募してくるとします。

この場合、仮に求人側の(口には出せない)希望が、英語は英検2級ほどでいい、でも他の職員の雑務も時々手伝ってもらいたい、というものだとします。

そうすると、求めている人間像と求職者の間の「需要と供給」がマッチしません。つまり、この求職者はその職種に関して、「オーバー・クオリファイド」と見なされ、採用が見送られるのです。

「私はこんなに頑張っているのに、成果も出しているのに、なぜ私よりも努力していないあの人が採用されるの?」

このコメントは実際に私が耳にした言葉です。この場合、彼女のレベルが採用側が求めているよりも、はるかに上回っていたことが原因でした。それを彼女はしっかり「オーバー・クオリファイド」だったと受けとめる(あるいは自分に言い聞かせる)べきだったと思います。「私よりも努力していないあの人」と発言してしまったことで、その後の採用も難しくなりましたので。

もちろん、「オーバー・クオリファイド」という言葉は採用側にとって、明確な不採用理由を告げられない場合に使われる便利な言葉でもあります。しかしそういうことに惑わされず、まず、相手が求めていることが何かをじっくり考えてみることが、「需要と供給」のバランスにつながると思います。  

2005年06月02日at 09:41 │Posted by かつみ │Comments(6)コラム