てぃーだブログ › 南の島の「仕事」を考える › つぶやき

名前をつけられること

例えば何か身体の状態がすぐれなくて、病院で診察を受けても、
「ストレスや疲労が溜まっていますね」とお薬を出さないお医者様がいます。

その時にカルテにどう書かれているのかわかりませんが、
そのことで安心する人と、何らかの病名を言ってもらわないと不安になる人がいます。

そして病気そのものよりも、病名が頭から離れなくなる場合もあります。

フラワーエッセンスでタイプレメディというものがあります。一過性のものではなく、その方の個性に結びついたものです(このことに関してはまた機会があるときに書きます)。

私が勉強しているエニアグラムも、人間のタイプを9つに分類するものです。

自分の特性を理解することは考え方のパターンを知ることにもなりますし、それで気持ちが変わり、行動が、そして運勢が変わるというのは、よく言われていることですよね。

ただ、それに興味を持った場合、自分が普段、定義づけされることによってどう反応するのか知っておいたほうがいいと思います。  

2006年03月08日at 12:30 │Posted by かつみ │Comments(0)つぶやき

答えは自分の中にある

ってよく言いますよね。

実は私も先日、自分がとても大切に思っていたことに気づかされたんです。ある方から教えていただいたのですが。驚きましたね。10年ほど、その件に関しては無自覚でしたから。

そして、やはり自分のことを知るのは大事だなと思いました。だから、それを顕在化することが必要とされるのでしょう。性格や行動のパターンは、私がフラワーエッセンスを選ぶ際の指標ともなっています。

ただ、まったくのイメージなのですが、たとえそれが将来の自分に役立つとはいえ、自分の心の中というのは「過去の積み重ね」のように思えます。

あの仕事をしていたときは、本当につらかったとか、あの人といるといつも安らいだとか。

そういったパターンの蓄積は、新しい旅に出るための地図なのかもしれません。
でも、穴が開くほど地図を眺めているだけでは、ちょっとMOTTAINAI。

地図に描かれていることと、描かれていないこと、どちらの数が多いのでしょうか?

地図を手に入れたら、何をしたいのでしょうか?  

2006年02月21日at 23:30 │Posted by かつみ │Comments(2)つぶやき

縦糸と横糸

思いどおりに進むことと、進まないこと。
それは人生という名の洋服の縦糸と横糸みたいなもの、って誰かが言っていた。

多分、「私はこれで人生の夢すべて叶いましたっ!」という人がいても、
それは「私の人生の縦糸はこれなんです」と主張しているだけかも。

そして、「私はいつも壁にぶつかって何も上手くいかない」と嘆いている人には、
洋服の横糸だけが際立って見えているだけなのかもしれない。

それぞれに太さも色も違うだろうけれど、
どちらか一方だけでは布を織ることができない。

自分のことも相手のことも、縦横、両方感じることができればなと思う。
  

2006年02月08日at 21:09 │Posted by かつみ │Comments(4)つぶやき

嗜好の問題

仮に自分の職場で、自分以外の人がその仕事と相性が良いとします。

自分はその仕事がどうのこうのと考えたことがない。
天職というわけでもなく、だからと言って無理がある仕事でもない。

でも、人間関係がとてもつらい。
どうも自分だけが浮いているような気がする。
他の人はみんな仲が良さそうだ。

こういう状況だと、ひょっとすると問題なのは人間関係ではないのかもしれません。

  
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2006年01月29日at 21:55 │Posted by かつみ │Comments(4)つぶやき

人に感謝される経験

先日CDAのメンバー数名(15名ほど)と、ある勉強会に参加しました。

そこでちょっとしたワークがあったのですが、そのテーマが、

「人に感謝されたことであなたが喜んだこと」


でした。それを思い出し、グループ別で経験談を語るというもの。

このメンバーの中には、官民問わず就職相談やコーチングを行う人が何人もいます。
人から感謝されるなんて、ある意味そう珍しくもないことだと思ったのですが、

「『ありがとう』と言われたかもしれないけれど、本当に感謝されたのかどうか・・・」
「自分の言葉が本当に相手のためになったのかどうか・・・」

というような控えめな発言が続きました。

何となく面白いなと思いました。みんな真面目すぎるのかもしれませんね。^^  

2006年01月11日at 21:51 │Posted by かつみ │Comments(7)つぶやき

「働きたくない」

私のこのブログの検索キーワード、ナンバーワンの台詞です。

「働きたくない」

どういう思いで検索をかけたのでしょうか。

職場で上司になじられるから?
何をやっても派閥の壁を乗り越えられないから?
ランチで一人ぼっちだから?
給料が見合っていないから?
ハードワークで自分の時間がとれないから?

理由も思いの度合いも人それぞれでしょうね。

でも人間って、「陽」よりも「陰」に傾くのがごくごく自然だそうです。
だから、「陰」な部分をどこかで相殺したくて、色々な言葉を探すのかもしれませんね。

私も何度も、「もうここでは働きたくない」と思ったことがあります。
でも、「ここで働きたい」と思った場所があったのも事実です。

ですから、「働きたくない」という言葉が頭をよぎったときは、
「働きたい」と願ったときのことをなるべく思い出すようにしています。
というのも、それはすぐに忘れてしまいがちだから。  

2005年10月05日at 09:38 │Posted by かつみ │Comments(8)つぶやき

「地方だけでは働きたくない」

大学4年生の女性が私に訴えた言葉です。
彼女の場合、地方=東京以外という認識だったようですが。

こんなにストレートに自分の思いを包み隠さずに伝えてもらうと、
相談を受ける側も逆に圧倒されちゃいますね、3秒くらい。^^

人間、やりたいことを語っているときに熱くなりがちですが、
やりたくないことを伝える場合も、力が入ってしまうのが不思議ですね。

ちなみにその彼女はある大手の総合職の内定を、タイトルの理由から取り消すようです。

人の価値観ってその時々で変化していくものですけれど、「これだけは絶対譲れない」というものを一つでも自分で確認しておくと、迷いが少なくなるのはたしかですね。
加算法で考えるか、それとも減点法か。選択は自由ですものね。  

2005年09月05日at 12:10 │Posted by かつみ │Comments(4)つぶやき

セサミストリートの思い出

先日、パティシエのすてんさんから、エルモの写真が送られてきました。う~ん、めちゃ可愛い。^^

もう一つの記事で、きたちんが、オスカーとかカーミットのことをコメントで書いているのを読んで、セサミストリートのことを懐かしく思い出しました。

私にとって英語を学ぶことはライフワークなのですが、そのきっかけになったのが、ピーナッツと、この初期のセサミストリート。まだエルモも登場していない頃ですね。

フラグル・ロックという奇妙な作品も後に作った、ジム・ヘンソンのマペットも可愛かったし、有名な人形使い&声優&監督のフランク・オズによる、クッキーモンスターやバートの声も魅力的でした。

一番印象的だった話は、いつも登場していたフーパーさんが亡くなったときに、それを子供達(多分、ビッグバードにも)説明したこと。それまでセサミストリートはただの(失礼)教育番組だと思っていただけに、ちょっとショックで、そして単純に「アメリカって凄い!」と思ったものでした。

マペットたちが登場しないシーンでも、ビートルズが流れたりと、かなり粋でした(ちなみに、ピーナツの映画版ではジャズがBGMなんですよ)。主演していたお姉さん(たしかマリア)とお兄さんが実生活で結婚しちゃったのも、嬉しかったですね。

それにしても、ビッグバードジーナ・デイビスがそっくりだと思うのは、私だけでしょうか?  

2005年09月01日at 06:47 │Posted by かつみ │Comments(4)つぶやき

微調整

Aの方向に進もうとしていた矢先に、「Bの方が向いていますね。それに向けて頑張ってみては」というアドバイスを頂いた。そのときに、「思いのままに行動しよう」という言葉が心に浮かび上がった。

基本的には、思い立ったらすぐ行動に移せる性格の私。その結果、良かったことも数えきれないくらいあるけど、逆に壁にぶつかったこともそれなりにある。仕事に関して言えば、何も考えずに行動を起こしたことは、二十代の頃に紅型の工房で働き出したこと。

本屋で手に取った着物関係の本の、「京都の友禅にも匹敵するもの。それは沖縄の紅型なのです」という文から啓示を受けた(と誤解した)。そして、その数日後に工房の求人広告を目にした。その後、面接→採用とスムーズに事が運んだ。

仕事は楽しかった。自分が染めたものが完成したときの喜びは何とも言えない。でもその時は、水を使う仕事というものが皮膚の弱い自分にどう影響するのかなんて、まったく想像していなかった。

たしかに私の経験値は上がったし、後悔は全然していないのだけど、思いのまま行動することが、必ずしも幸福に「直接」結びつくものではないと感じている。

人の言葉で、気持ちが変わるくらいだったら、それだけのものという考え方もある。でも、周りの声が心に入ってくるという時は、何か考える余地があるのだろうなとも思う。微調整の時期が来ているのかもしれない。  

2005年08月30日at 12:00 │Posted by かつみ │Comments(4)つぶやき

ちょっと身辺が・・・

あわただしくなってきました。ということで、このブログもしばらくお休み・・・

と言いたいところですが、ブログは私の気分転換の場所でもあります。^^
でも「キャリア」と「フラワーエッセンス」と「田坂さん」の話を書くときは、わりと真剣な思いで書いているんですね。その心のゆとりが9月には持てそうもないんです。

ですから、しばらくの間、「仕事」に関する話以外のことを書くかもしれません。
お付き合いいただければと思います。  

2005年08月28日at 10:30 │Posted by かつみ │Comments(8)つぶやき

リーディングバトン(from めぐみさん)

を受け取りました。なぜか遠慮がちな、この記事から。^^

私は、自分のマイナーサイトでも、好きな本を紹介しているくらい、本の趣味を晒す(?)ことには、まったく抵抗がありません(笑)。電車の中でもカバーを付けずに読んでいます。てぃーだのブロガーでも同じ本を読んでいる人がいれば、遠慮せずに、コメントしています。最近では、この方とか、あの方とか。^^

長めなので、「追記」を使いますね。  
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2005年08月09日at 21:47 │Posted by かつみ │Comments(8)つぶやき

夢のために積み上げる

夢を叶えるための「逆算法」ってありますよね。
例えば5年後には会社を興したいから、今年できることは、これ、みたいな。

以前は私もそうしていました。ノートに書いたり、携帯のメモ機能に言葉を保存したりして。
実際、書いたことで叶った夢は8割強なので、この方法の勝算(?)は高いと思います。

そして最近、とてもとても大切にしたい夢に私は出会ったのですが。

なぜかそれを、いわばアメリカ式の逆算法で叶えることに気が乗らなくなってきたのです。
もちろん叶えば結果的に良いのだろうけど、そのプロセスにどうも抵抗を感じてしまう。

そこで、ちょっとヴァージョンを変えてみようかなと思い、

「この夢のために、今日の私がしたこと」

と自分の小さな行動を書きとめてみることにしました。
(本当に小さなことですよ。誰々さんに電話をしてみた、とか)

ま、これもある種の逆算法ですけど、何となく目線が違うような気がして、
書いているだけで不思議と落ち着くのです。

今までなぜか、夢って猪突猛進型にならないと追いかけていけない、
と勝手に思い込んでいましたし、
私の願いの中でも、ゴールに向ってダッシュしないと叶わないものもあります。

だから夢に向って歩いていく方法も、それぞれに合った方法があるのかもしれません。

私は当分の間、夢のためにレンガを積み上げることを楽しみたいなと思っています。  

2005年07月17日at 09:59 │Posted by かつみ │Comments(16)つぶやき

師匠は釣り鐘のごとし

6/28の記事luckymanさんがコメントをくれたのですが、その中に、「師匠」(田坂広志さんの本からの引用ですが)という言葉が出てきて、色々考えることがあり、コメントをお返ししました。

すると、購読している毎日新聞の今日の「余禄」に、こんな言葉が。

「師匠は釣り鐘のごとし、弟子は撞木(しゅもく)なり」

撞木というのは、鐘を鳴らす棒のことだそうです。
つまり、弟子の器が小さいと、どんな素晴らしい師匠に出会っても、
鐘の音を出すことはできない。

似たような言葉を以前、別の会社で作っていたブログのトップに置いていたことがあります。カール・ユングも気に入っていた、老子の言葉です。

「弟子に準備が出来たとき、師匠が現れる」

運よく師匠を見つけられた私に
その準備が出来ていたのかどうかはわかりません。
あまりにも早すぎた(あるいは遅すぎた)出会いだったのかもしれません。
ですから、自分がまだ小さな撞木のまま、ということは日々痛感しています。

そういう気持ちを思わずコメントに書いた翌日に、
今日の言葉に出会ったので、少しばかり驚いています。

いつか鐘の音を高々と鳴らせる日が来るのかも。

そんなことを少し信じられるような気持ちになりました。  

2005年06月30日at 14:56 │Posted by かつみ │Comments(8)つぶやき

「好きなこと」という名の呪縛


本屋に行ってみる。

「好きなことを仕事に」、「夢を叶えよう」、「やりたいことを実現させよう」というタイトルがずらっと並んでいる。そんな言葉を見ていると、こんなに願望を叶えたい人が多いのか、と思う。

就職相談に来る人も、若者に限らず、「やりたいことがわからない」という人が多い。そのたびに、私は、やりたいことがわからないって、そんなに悪いことなのかなと思ってしまう。

知人が以前、好きなことを見つけられない自分が嫌いだと嘆いていた。
だから色々チャレンジして、何かを見つけようと必死だった。
その結果、彼はやりたいこと(=趣味)を見つけることができ、その表情も明るくなった。

でも、それを見つけようとするエネルギーさえ不足気味な人がいる。
そして、そんな人の前に、「これがあなたのやりたいこと?」、「いや、こっちかもね」と、
まるでレストランのメニューのように差し出される場面がある。

職業理解はとても大切。好きなことを見つけることも大事。
でも、それだけに縛られると、自分らしさを失ってしまう場合もある。

好きなことに出会えた人のパワーは、キラキラしていて、本当に素敵だ。
でもそんなパワーがない状態でも、
ゆっくり歩いていくことで、何らかの道は出来ると思う。

見つけることよりも、歩き続けることが大事だと思う。  

2005年05月27日at 12:08 │Posted by かつみ │Comments(14)つぶやき